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「明るく振る舞うのに疲れた」…無理して笑うのをやめたら、家族に愛されるようになった理由

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「明るく振る舞うのに疲れた」…無理して笑うのをやめたら、家族に愛されるようになった理由

こんにちは!みさきです。

今回は、

いつも明るく振る舞っていた私が、

無理して笑うのをやめるようになったお話をしていきます。

目次

無理して笑って疲れていた私

「家の中では、いつも明るくニコニコしていなくちゃいけない」

「母親が暗いと、家族全体の雰囲気が悪くなる」

そんなふうに思い込みながら、

毎日“理想の妻・母”を演じ続けていた時期が私にはありました。

当時の私にとって、

明るく振る舞うことは努力であり、

義務であり、

ある意味では生き方そのものだったんです。

今振り返ってみると、かなり無理をしていました。

でもその頃は、「無理している」という自覚すらなく、

「これが正しい在り方」

「これくらいは当たり前」

と、自分の中で正論として処理していました。

私は、公務員の父がいる厳格な家庭で育ちました。

「正しいことを、正しく、明るく伝えること」が美徳だと、

疑いもなく信じていたんです。

感情よりも理屈、

弱音よりも前向きさ。

そうやって育った価値観を、

そのまま家庭の中に持ち込んでいました。

だから、どんなに疲れていても笑顔。

しんどくても「大丈夫」。

心の中ではモヤモヤが渦巻いているのに、

口から出る言葉はいつも明るく、

前向きなものばかりでした。

ただ、、、

頑張れば頑張るほど、

心の奥には言葉にできない孤独感がたまっていきました。

「どうして自分ばかりこんなに気を張っているんだろう」

「誰も、このしんどさに気づいてくれない」

そんな思いが、夜になると静かに膨らんでいったのを覚えています。

この記事では、

無理して笑うのをやめたら、

家族に愛されるようになった私の体験談をお話しします。

明るく振る舞うほど、孤独が深くなっていった理由

30代・40代は、

仕事、家事、育児と、

日常のタスクが本当に多い時期です。

当時の自分も例外ではなく、

常に頭の中は「やることリスト」でいっぱいでした。

それでも、

「不機嫌でいるのはよくない」

「母親が暗いのはよくない」

という思い込みが強く、

感情を外に出すことを無意識に禁止していました。

それでも、外見はそれなりに整えていました。

清潔感のある髪型、

無難で失敗しない服装。

一見すると“ちゃんとしている人”。

でも内側では、

疲れや不満を必死に押し込めていました。

「疲れた」と言う前に、

「まだ頑張れる」と自分に言い聞かせる。

今にして思えば、かなり自分に厳しかったと思います。

無理して明るく振る舞っていると、

家族からはこう見えていたようです。

「元気そうだから大丈夫そう」

「全部ちゃんと回っているから、手を出さなくてもいい」

結果として、本当は助けてほしい場面でも、

誰にも頼れなくなっていました。

そして、気づかれない苦しさが限界に近づくと、

今度は“正論”が口から出るようになりました。

「普通はこうするでしょ」

「これだけやっているんだから」

正しいことを言っているはずなのに、

空気はどんどん冷えていく。

その違和感が、

さらに孤独感を強めていったんです。

正論を手放したとき、家族の反応が変わった

私はもともと事務職で、

ロジカルに考えるのは得意なほうでした。

だから家事や育児でも、

「効率」「正解」「正しいやり方」を重視していました。

でもある日、

ふと気づいたんです。

家族は「正しい自分」と一緒にいたいわけではなく、

「素直な自分」と一緒にいたいのではないか、と。

正論は、時に相手の逃げ道を塞ぎます。

一方で、疲れや弱さをそのまま言葉にすると、

相手に“関わる余地”が生まれます。

完璧で明るい妻でいることをやめた頃から、

少しずつ空気が変わっていきました。

黙りがちだった夫が、

「それ、代わろうか」と言うようになり、

家の中の会話も増えていきました。

「大丈夫」をやめて気づいた、言い換えの力

大きな転機になったのは、

言葉の選び方でした。

以前は、疲れていても反射的に

「大丈夫、やっておくよ」

と言っていました。

それを

「今日はちょっと疲れてるから、少し休みたい」

と言い換えるようにしたのです。

最初はかなり勇気がいりました。

感情が高ぶると早口になり、

正論が先に出てしまう癖もありました。

そこで意識したのが、「間」を取ること。

すぐに言い返さず、

ひと呼吸、心の中で3秒待つ。

それだけで、言葉のトゲが驚くほど減りました。

弱さを見せた先にあった、家族の変化

無理に明るく振る舞うのをやめてから、

家族の行動が少しずつ変わりました。

ソファで動けずにいると、

子どもがそっと水を持ってきてくれたこともあります。

夫も、「今日は外で済ませよう」と自然に言ってくれるようになりました。

明るい仮面を外したことで、

家族が“役割”を持てるようになったのだと思います。

助けること、

支えることを、

家族自身が選べるようになったんです。

まとめ:明るく振る舞うのに疲れたときは、正論を手放すサイン

30代・40代は、ただでさえ頑張りすぎてしまう世代。

外見だけでなく、

心まで「いつも整っていなければ」と思い詰める必要はありません。

明るく振る舞うのに疲れたと感じたとき、

それは心が素直さを求めているサインでした。

正論は距離をつくり、

弱さの開示は関係を近づける。

言葉を少し言い換え、

間を置くだけで、

家庭の空気は大きく変わります。

無理な笑顔を手放した先に、

本当の安心感が待っていました。

同じように悩んでいた頃の自分に、

今ならこう伝えたいと思います。

「ちゃんとしなくても、大丈夫だった」と。

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この記事を書いた人

関東在住の30代主婦。マイペース技術職の夫と7歳息子と3人で暮らしています。
元々コミュニケーションに自信がなかったから、伝え方を頑張って勉強して家族と仲良く暮らせるように頑張っています!

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